光明山 東岸寺 (知窓院) 君津組 22 |
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応永8年、足利義満代に天台宗修験道場寺院として開創され、引続き天台宗に属していたが、時代が移り、永正3年(1506)鎌倉光明寺第三世・観譽祐崇上人当地巡教の折、そのお徳に触れ天台宗より浄土宗に改宗し、選擇寺の末寺として現在に至る。 当寺は慶安4年および慶応2年の大火災にあい、堂宇・寶物・古文書等全て焼失した。 |
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また、十六世潮譽秀海和尚は著名な俳人で、小林一茶とも交友があり、この寺で藤見句会を催した時の連衆一座八人の句が現存 する。寺内薬師如来は古来より目の病に効能があるということで篤信されている。 |
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(「千葉県浄土宗寺院誌」(昭和57年刊)より 光明山 東岸寺 知窓院 03.03.10掲載) |
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