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壽榮山 松翁院 (無量光寺)  君津組 20

 当山は通称「十夜寺」とも呼ばれ、室町時代後期に、梵蓮社行誉上人によって開山された。行誉上人は明応4年(1495)、鎌倉光明寺第八世観誉祐崇上人が後土御門天皇の勅命により宮中で阿弥陀経を講じ、続けて真如堂にて十夜法要を厳修された際に随行し、十夜法式を能持したという。その後行誉上人は錫を南総に留め、百首村(現富津市
竹岡)萩の台に一宇を建立して十夜法要を厳修した。房総十夜の開祖と称される所以である。房総地方で引声の十夜を修したのは当山だけであったと伝えられ、第七世遵誉上人の代には、光明寺十夜法要の法式転移の証として、光明寺第四十七世公
誉上人より天和2年(1682)10月15日付を以って十夜の許状を賜っている。
 第三世本誉上人の代(天正年中=16世紀後半)に里見義弘公の招聘により現在地(富津市竹岡349番地)に移転し、元禄の頃までに千葉市生実の大巌寺の末寺となった。また、江戸湾の海防のために百首(竹ヶ岡)村に砲台と陣屋が設けられてからは、警備を担当した会津・白河などの藩士が当山を菩提
所とするようになった。特に会津藩との関係は深く、江戸末に火災で伽藍が消失した折には、会津藩より屋敷を譲り受けて本堂を再建している。
 引声念仏は今日絶えてしまったものの、現在でも十一月の十夜法要の折りには、地域の人たちが新亡供養を志した数多くの諷誦文が読み上げられており、お十夜の寺として親しまれている。

(寿栄山 松翁院 無量光寺 03.03.10掲載)


開   山
 梵蓮社行譽上人
開創年次
 1495年(明応4年)
現 住 職
 吉田 昇雄
指定文化財
  
年中行事
 施餓鬼会(8/7)、十夜法要(11/13,14)、義人岩野平左衛門追悼法要(11/29)
事業活動
 
住   所
 富津市竹岡349−1
電   話
 0439−67−8354
交   通
 JR内房線上総湊駅下車
 日東バス東京湾フェリー行き(または高島別荘行き)にて10分
 十夜寺下車 地図

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